ラベル 中国 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 中国 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年4月6日土曜日

広島:原爆ドームと平和記念公園











原爆ドームを訪れた外国人観光客ら。原爆被害のシンボルとして世界に情報を発信し続ける(2024.3.30撮影)


 









広島平和記念資料館から原爆死没者慰霊碑、原爆ドームを望む。常に多くの人が訪れる(2024.3030撮影)


 











原爆資料記念館の展示室で。世界から訪れる訪問者は、厳かな雰囲気で見学する(2024.3030撮影)

 

********************

 

世界の人々と日本について話をする時、広島や長崎について聞かれることがしばしばある。世界唯一の被爆国の国民に対する当然の質問だろう。そんなときには、広島や長崎の最低限のことを理解し、語れなければいけないと痛感する。

2002年にウクライナでの戦争が始まり、ロシアのプーチン大統領は核の威嚇を繰り返すようになった。核戦争の危機が再び高まっている。どうしたら良いか分かるものではないが、目を逸らさず問題を直視しなければと思う。

今回訪問(2024年3月)を機に、原爆ドームの資料を読み返してみた。広島市議会により永久保存が決まったのは1966年。戦後取り壊しを求める声もあったが、1960年に原爆後遺症の白血病により16歳で亡くなった楮山ヒロ子さんの日記がきっかけになり、保存運動が高まったという。原爆ドームのない広島は、今では想像できない。メッセージを強く受け止めたい。

2024.3.30

呉











呉港のアレイからすこじまの埠頭に停泊する海上自衛隊の繊維館(2024.4.1)









潜水艦が何隻も並ぶ風景は壮観だ(2024.4.1)


 








自衛隊基地に隣接する地域には造船・海洋エンジニアリング会社の事業所があり、ドックに入った船も見える(2024.4.1)

 











アニメ映画「この世界の片隅に」(2016年)は第2次大戦中の普通の市民の日常を描き評判になった。その舞台となった場所(呉市北方の山麓)は、「すずさん家」として保存されている。(2024.4.1)

 

     ***************

 

呉は明治時代以降、海軍の基地として発展し、戦艦大和を建造した地としても知られる。第2次大戦後も海上自衛隊の主要基地を擁する。港湾地区には海上自衛隊の施設や造船・海洋エンジニアリング会社の事務所、米軍の施設などが並ぶ。

アレイからすこじまの桟橋には、現役の潜水艦が何隻も停泊している。日本では珍しい風景だ。街の中心部には、大和ミュージアムや、2004年に運航終了した潜水艦「あきしお」を利用した海自の資料館がある。

2016年にヒットしたアニメ映画「この世界の片隅に」は、広島と呉が舞台。原作はこうの史代の漫画で2007-09年に掲載された。主人公のすずさんは広島市から呉市北部の山麓の家に嫁いでくる。作中では第2次世界大戦中の普通の人々の日常が描かれる。後半部では呉の大空襲や広島への原爆投下により人々の暮らしが翻弄される。

作品の舞台となった場所は原作者の祖父母が住んでいた土地で、現在は「すずさん家」として保存される。付近からは呉港が望め、作中の風景を連想させる。

呉の街で、戦争と平和について色々考えた。

2024.4.1

宮島(厳島)

 
厳島神社から見る大鳥居。(2024.3.31撮影)


 









海から眺める大鳥居と厳島神社。(2024.3.31撮影)











厳島神社は海上に建つ。(2024.3.31撮影)


     ********************

 

宮島(厳島)は広島市の西方約20キロの位置する島で、日本3景の1つ。海上に建つ厳島神社は1996年に世界遺産に登録された。

島は古くから信仰の対象とされ、6世紀に神社が創建された。11世紀に平清盛により大規模な社殿が建設され、現在の形の基礎ができた。

大鳥居は高さ約16メートル。満潮時には海に浸かり、干潮時には足元が姿を現す。神社の建物も満潮時は海水に浸かり、干潮時には砂の上に立つ。

毛利元就が陶晴賢を破った1555年の厳島の戦いを始め、数々の歴史の舞台になってきた。

島の人口は2021年現在約1400人。観光客は2023年で465万人。フェリー埠頭と厳島神社をつなぐ表参道通りには土産物店んが軒を連ね、観光客でごった返す。

宗教、文化、歴史、自然、生活――多くのことを感じさせる。

2024.3.31